三宅裕司を最近見ない理由は?若い頃と現在の比較や奥さんの画像も!

三宅裕司さん、最近テレビで全然見ないけど、どうしたの?」

そう思っている方、実はすごく多いんです。

『いかすバンド天国』や『THE夜もヒッパレ』で大活躍していた三宅さん。

あの明るい笑顔、懐かしいですよね。

でも安心してください!

三宅さんは引退したわけじゃありません。

むしろ74歳の今も現役バリバリなんです♪

三宅裕司さんを最近見ない理由は?

  • 地上波テレビから舞台活動へ完全シフト
  • 1979年創立の劇団SETの座長として年間複数公演を実施
  • 熱海五郎一座で新橋演舞場にて毎年定期公演
  • 「劇団のためにテレビを始めた」という原点回帰

若い頃と現在の違いは?

  • 若い頃:テレビ司会者として全国区の人気者
  • 現在:舞台の喜劇役者として第一線で活躍中
  • 60代の病気・怪我を乗り越え70代で若返った奇跡

奥さんについて

  • 小学校の同級生で35歳で結婚
  • 天然エピソードが大人気(画像は非公開)

この記事では、三宅裕司さんの最新情報から若い頃との比較、奥さんの面白エピソードまで徹底解説します!

三宅裕司を最近見ない本当の理由は?

地上波テレビで三宅さんを見かけなくなって、もう何年経つでしょうか。

私も久しぶりに「そういえば…」と気になって調べてみたんです。

テレビから舞台へ完全シフト

三宅裕司さんがテレビで見られなくなった理由、それは一言で言えば**「本業に戻った」**ということなんですよね。

実は三宅さん、1979年に「劇団スーパー・エキセントリック・シアター(SET)」を旗揚げした座長なんです。

もともとは喜劇役者を目指していて、劇団運営のためにテレビやラジオの仕事を始めたという経緯があります。

ところが気づけば、テレビの仕事があまりにも忙しくなりすぎて、本来の目的である劇団活動がストレスになってしまった時期があったそう。

本末転倒ですよね。

そこで三宅さんは決断しました。「原点に戻ろう」って。

現在の活動を簡単に整理すると、こんな感じです↓

メディア活動状況
地上波テレビレギュラー番組なし(特番のみ時々出演)
ラジオニッポン放送で毎週日曜レギュラー
舞台劇団SET・熱海五郎一座で年間複数公演
YouTube劇団公式チャンネルで情報発信

この表を見ると分かりますが、三宅さんは活動を辞めたわけじゃなくて、活動の場所を変えただけなんですよね。

むしろ舞台ではフル回転で働いていらっしゃいます!

2024年は劇団創立45周年の記念イヤー

2024年、劇団SETは創立45周年という大きな節目を迎えました。

1979年の旗揚げから45年って、本当にすごいことですよね。

この記念すべき年には、第62回本公演『ニッポン狂騒時代』を東京のサンシャイン劇場と神戸で上演。


さらに2025年10月には第63回本公演『地球クライシスSOS〜奇跡を起こせ!ロウジンジャーズ〜』も成功させています。

74歳という年齢で、脚本・演出・出演をすべてこなすって、並大抵のことじゃありません。

これだけの仕事量があれば、テレビに出る時間がないのも納得ですよね。

熱海五郎一座も大人気継続中

三宅さんには劇団SET以外にも、もうひとつの顔があります。

それが「熱海五郎一座」の座長です!

この熱海五郎一座、2014年から新橋演舞場で毎年公演を行っている人気シリーズなんです。

渡辺正行さん、ラサール石井さん、小倉久寛さん、春風亭昇太さん、東貴博さんといった豪華メンバーが集結する東京喜劇として、多くのファンに愛されています。

2025年6月には第11弾『黄昏のリストランテ〜復讐はラストオーダーのあとで〜』を上演し、大盛況で幕を閉じました。

ゲストには羽田美智子さんと剛力彩芽さんが出演されていたんですよ♪

そして嬉しいことに、2026年6月には第12弾の公演も決定!

今回のゲストは沢口靖子さんで、なんと12年ぶりの出演だそうです。

こんなに忙しいスケジュールなら、テレビのレギュラー番組を持つ余裕なんてないですよね。

でもこれって、引退どころか現役真っ盛りってことなんです!

三宅裕司の若い頃はこんな感じだった!

ここからは、三宅裕司さんの若い頃についてお話しします。

今の三宅さんしか知らない方は、きっと驚くエピソードがたくさんありますよ!

落語研究会出身の大学生時代

三宅裕司さんは1951年5月3日生まれ、東京都千代田区神田神保町の出身です。

家業は印刷業で、お父様は国鉄の鉄道技術研究所勤務(新幹線開発に関わった!)、お母様は松竹歌劇団(SKD)出身という、なかなか興味深い家庭環境で育ちました。

明治大学付属明治高校を経て、明治大学経営学部に進学。

大学時代は落語研究会に所属し、4代目「紫紺亭志い朝」を襲名しました。

この「紫紺亭志い朝」という名跡、実はすごいんです!

三宅さんが卒業後に5代目として譲ったのが立川志の輔さん。

そして志の輔さんが譲ったのが渡辺正行さん。

錚々たる面々が受け継いできた由緒ある名前なんですよね。

当時の三宅さんは、落研だけでなくジャズコンボバンドダンス音楽研究会も掛け持ちという超多忙な学生。

学園祭では大人気のスターだったそうですよ♪

苦労の連続だった20代

大学卒業後、三宅さんは喜劇役者を目指して活動を開始します。

1975年には「東京新喜劇(のちの大江戸新喜劇)」の旗揚げに参加しますが、方向性の違いから約1年で脱退。

「音楽の要素を入れたかった」というのが理由だったそうです。

そして1979年、28歳の時に念願の**劇団スーパー・エキセントリック・シアター(SET)**を旗揚げ!ミュージカル・アクション・コメディーという新しいジャンルに挑戦しました。

でも、最初はまったく食べていけなかったんです。

劇団だけでは生活できず、アルバイトをしながらなんとか活動を続ける日々。

三宅さん自身、「本当に苦しい時期だった」と振り返っています。

29歳で訪れた転機

転機が訪れたのは29歳の時。突然かかってきた一本の電話から、ラジオ番組「ヤングパラダイス」のパーソナリティに抜擢されたんです!

このラジオが大ヒット!一気に全国区の人気者になりました。

私の親世代の方なら、この番組を聴いていた方も多いんじゃないでしょうか。

ラジオでの成功をきっかけに、テレビからもどんどんオファーが来るようになります。

若い頃の代表的なテレビ番組

  • 『テレビ探偵団』(TBS)
  • 『三宅裕司のいかすバンド天国(イカ天)』(1989〜1990年)
  • 『驚きももの木20世紀』(テレビ朝日)
  • 『THE夜もヒッパレ』(日本テレビ)
  • 『どっちの料理ショー』(日本テレビ)

特に『いかすバンド天国』は社会現象になりましたよね!

たま、BLANKEY JET CITY、BEGINなど、数多くのバンドを輩出した伝説の番組として今も語り継がれています。

当時の三宅さんは、エネルギッシュで明るくて、まさに「昭和のエンターテイナー」という雰囲気。

テレビで見ない日はないくらいの売れっ子でした。

三宅裕司の現在(2026年)の活動状況

さて、若い頃と現在を比較してみましょう。

実は三宅さん、74歳の今の方がイキイキしているんじゃないか?って思えるくらい元気なんです!

現在の主な活動拠点

2026年1月現在、三宅裕司さんの活動拠点はこちらです↓

【劇団SET本公演】

年1回、サンシャイン劇場などで大規模な本公演を実施。総勢40名以上の劇団員とともに、脚本・演出・主演をすべて担当されています。

直近では2025年10月に第63回本公演『地球クライシスSOS〜奇跡を起こせ!ロウジンジャーズ〜』を上演。

高齢化社会をテーマにしたミュージカル・アクション・コメディーで、笑いと感動を届けました。

【熱海五郎一座】

新橋演舞場での年次公演。

2026年6月には第12弾の上演が決定しており、沢口靖子さんがゲスト出演されます。

【ラジオパーソナリティ】

ニッポン放送「三宅裕司のサンデーヒットパラダイス」で毎週日曜午前9時から生放送。

最新の音楽チャートや爆笑メールコーナー、奥さんの天然エピソードなどが人気です♪

【YouTube活動】

劇団公式YouTubeチャンネルで、公演映像やカーテンコール、稽古風景などを配信。

ファンとの接点を大切にされています。

実際に舞台を観た方の感想を調べてみると、「74歳とは思えない!」「50代に見える!」という声がたくさんあるんです。

舞台でのキレのあるダンスやアクション、パワフルな演技は、本当に年齢を感じさせません。

三宅さんご自身も「70代の今が一番楽しい」とインタビューで語っていらっしゃいます。

なぜこんなに元気なのか?その秘密は次のセクションでお話ししますね。

60代の試練を乗り越えて若返った奇跡

実は三宅さん、60代の時に大きな試練を経験されているんです。でもそれを乗り越えたからこそ、今の輝きがあるんですよね。

2019年の大腿骨骨折

2019年1月、当時67歳の三宅さんはスキー滑走中に転倒し、左大腿骨転子部を骨折という大けがを負いました。

全治2〜3ヶ月と診断され、一時は歩けなくなり、舞台に立てるかどうかも危ぶまれたそうです。

この時のことを、奥さんはこう予言したそうです。

「三宅は絶対に治る。舞台にいる姿が私には見えます」

まるで本当に未来が見えたかのような、不思議な確信だったとか。

そしてこの予言は的中!三宅さんは見事にリハビリを乗り越え、わずか数ヶ月後には舞台復帰を果たしました。

医師からも「回復が早すぎる」と驚かれたそうですよ♪

60代は病気との戦いの連続

実はこれだけじゃなかったんです。

三宅さん、60代は様々な病気に見舞われていたそう。

  • 60歳:脊柱管狭窄症(手術とリハビリで克服)
  • 60代半ば:前立腺肥大、腎臓の問題
  • 67歳(2019年):大腿骨骨折

こうして並べると、本当に大変な時期だったことが分かりますよね。

「60歳から68歳が最悪の時期だった」

2024年9月のインタビュー(Real Sound)で、三宅さんはこう語っています。

「僕は60歳から68歳までが最悪の時期で、きっとそこでもう体の悪い毒や溜まっていたストレスを全部出し切ったんでしょうね。だから今若返っているような気がします」

つまり、60代の苦難を乗り越えたことで、70代になってかえって元気になったというわけなんです!

これって本当にすごいことですよね。

普通なら60代で大きな病気や怪我をしたら、そのまま弱っていくものだと思うんですが、三宅さんは逆。

まるで生まれ変わったように活力を取り戻したんです。

現在は「残りの人生は喜劇役者として生きる」という強い決意を持って、舞台に立ち続けていらっしゃいます。

若い頃と現在の比較表

項目若い頃(30〜50代)現在(74歳)
活動の中心テレビ番組の司会・出演劇団活動・舞台公演
露出度地上波で頻繁に見かける劇場とラジオが中心
イメージ明るい司会者本格派喜劇役者
体力面エネルギッシュ60代の試練を経て若返り
活動スタイル幅広いメディア出演舞台に集中

こうして比較すると、活動の場所は変わっても、三宅さんの「人を楽しませたい」という情熱は全く変わっていないことが分かりますよね♪

三宅裕司の奥さんは天然キャラで有名!

さて、ここからは三宅さんの奥さんについてお話しします。

この奥様、天然エピソードが面白すぎて、ラジオやテレビでたびたび話題になるんですよ!

小学校の同級生との運命の恋

三宅さんの奥さんとの出会い、これがまた素敵なんです。

なんと小学4年生の時に転校してきた同級生!奥さんにとって三宅さんは初恋の相手だったそうです。少女漫画みたいな展開ですよね。

でも当時の三宅少年、好きな子にどうアプローチしたかというと…「ちょっかいを出す」という、まさに小学生男子あるあるな行動(笑)。

今思えば微笑ましいエピソードですね。

その後、高校3年生のクラス会で再会し、交際スタート。

でもここからが波乱万丈!なんと7回別れて7回付き合ったというから驚きです。

当時は三宅さんも劇団を立ち上げたばかりで経済的に不安定。

26歳でプロポーズしたものの、結婚できたのはお互い35歳の時だったそうです。

長い長い恋愛期間を経てのゴールイン。

これって、本当に運命の相手だったということですよね♪

奥さんの画像は見られる?

「三宅裕司さんの奥さんの写真が見たい!」という方も多いと思うんですが、実は奥さんは一般の方のため、顔写真が公開されることはほとんどありません。

テレビ番組や雑誌などでも、顔が写った画像は基本的に掲載されていないんです。

プライバシーを大切にされているんですね。

ただし、エピソードはラジオやテレビでたくさん紹介されています!

むしろその天然すぎるエピソードで、顔を見なくても十分キャラクターが伝わってくるんですよ(笑)

天然すぎる奥さんの名言・迷言集

さあ、ここからが本番!三宅さんの奥さんの伝説的なエピソードをご紹介しましょう。

私、これを調べながら何度も吹き出してしまいました(笑)

【美容院での迷言】

美容師さん:「耳はいかがいたしますか?」
奥さん:「耳は切らないで!」

髪の耳周りのカットのことなのに、本気で心配したそうです。

可愛すぎる勘違いですよね!

【自宅料理教室での衝撃発言】

自宅で料理教室を開いている奥さん。

朝、パジャマ姿で降りてきた三宅さんを友人たちに紹介する際…

「アソコがたっているのがウチの主人です」

これ、「あそこに立っている」という意味なんですが、言い方が完全にアウト!(笑)

三宅さんも思わず赤面したそうですよ。

【電話での感じ間違い】

電話で名前の漢字を聞かれて、「感じ(かんじ)」と「漢字」を混同…

「マダム風です!」

どんな感じなんでしょうか(笑)。

これには三宅さんも「意味が分からない!」と大爆笑だったとか。

【ホテルのフロントで】

チェックイン時、フロントスタッフに…

「ベッドインは何時ですか?」

正しくは「チェックイン」!これはさすがにスタッフさんも困惑したでしょうね。

【励ましの言葉?】

三宅さんが落ち込んでいる時の励まし…

「元々ダメなんだから、頑張って!!」

励ましてるのか貶してるのか分からない!(笑)

でもこの天然ぶりが愛おしいですよね。

【奇跡の予言】

大腿骨骨折で歩けなくなった三宅さんに…

「三宅は絶対に治る。舞台にいる姿が私には見えます」

これは天然エピソードというより、本当に当たった素晴らしい予言!

この言葉に励まされて、三宅さんは復活を遂げました。

こうした天然エピソードが、ラジオやテレビで紹介されるたびに大きな反響を呼んでいます。

三宅さんご本人も愛情たっぷりに「うちの奥さんは面白い人なんですよ」と紹介されているんですよね。

結婚してから約40年経っても、こうして楽しいエピソードが絶えないって、本当に素敵な夫婦関係だと思います♪

三宅裕司のプロフィール

ここで改めて、三宅裕司さんのプロフィールを整理しておきましょう!

項目内容
芸名三宅裕司(みやけ ゆうじ)
生年月日1951年5月3日
年齢74歳(2026年1月現在)
出身地東京都千代田区神田神保町
身長176cm
体重73kg
血液型B型
星座おうし座
所属事務所アミューズ
職業コメディアン、俳優、タレント、司会者、DJ、劇作家、演出家

176cmって、1951年生まれとしてはかなりの高身長ですよね!

学歴と経歴

【学生時代】

  • 千代田区立一橋中学校
  • 明治大学付属明治高等学校
  • 明治大学経営学部卒業

大学時代は落語研究会で4代目「紫紺亭志い朝」を襲名。

ジャズコンボバンドやダンス音楽研究会も掛け持ちという、超多才な学生生活を送りました。

【キャリアの歩み】

  • 1975年:東京新喜劇旗揚げに参加(約1年で脱退)
  • 1979年:28歳で劇団SET旗揚げ
  • 1980年:29歳でラジオ「ヤングパラダイス」パーソナリティに(ブレイクのきっかけ)
  • 1989〜1990年:『イカ天』で社会現象に
  • 1990年代〜2000年代:テレビで大活躍
  • 2014年:熱海五郎一座、新橋演舞場進出
  • 2018年:劇団こどもSET旗揚げ
  • 2024年:劇団SET創立45周年

家族構成

【配偶者】
一般女性(小学校の同級生、35歳で結婚)。

料理教室を自宅で開催されています。

【子供】
娘がいらっしゃいます(人数や詳細は非公開)。

娘婿は俳優の弓削智久さん。

【孫】
2020年8月に初孫(女児)が誕生!

2024年10月の番組出演時には、孫の成長を嬉しそうに語っていらっしゃいました。

三宅さん、すっかりおじいちゃんの顔になるそうですよ♪

まとめ

さて、三宅裕司さんについて詳しく見てきましたが、いかがでしたでしょうか?

三宅裕司を最近見ない理由

三宅さんがテレビで見かけなくなった理由、それは引退ではなく原点回帰でした!

  • 劇団活動に本格集中:劇団SET(創立45周年)の座長として脚本・演出・主演を担当
  • 熱海五郎一座での定期公演:新橋演舞場で毎年開催、2026年6月公演も決定済み
  • 活動拠点の変更:地上波テレビ→舞台とラジオへシフト
  • 74歳で現役バリバリ:むしろ「70代が一番楽しい」と語る充実ぶり

若い頃と現在の比較

  • 若い頃(30〜50代):テレビ司会者として『イカ天』『夜もヒッパレ』などで大活躍
  • 現在(74歳):本格派喜劇役者として舞台中心の活動
  • 奇跡の若返り:60代の病気・怪我(脊柱管狭窄症、大腿骨骨折など)を乗り越え、70代でかえって元気に

■奥さんについて

  • 小学校の同級生、7回別れて7回付き合い35歳で結婚
  • 顔画像は非公開(一般の方のため)
  • 天然エピソードが大人気:「耳は切らないで!」「アソコがたっている」など名言多数

三宅裕司さん、テレビでは見られなくなりましたが、劇場やラジオで元気に活躍中!

「残りの人生は喜劇役者として生きる」と語る姿は本当にかっこいいですよね。

ぜひ一度、劇場で生の三宅さんに会いに行ってみてください♪

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