グッチ裕三を最近見ない理由は病気?若い頃の画像や現在の活動も調査!

歌手

グッチ裕三さん、最近テレビで見ないけど大丈夫?」そんな心配の声をよく聞きますよね。

ネットで検索すると「病気説」まで出てきて不安になりますが、安心してください。

結論から言うと、グッチ裕三さんは病気ではなく、今も元気に活動中です!

【グッチ裕三さんを最近見ない3つの理由】

  • 2002年に「THE夜もヒッパレ」、2003年に「ハッチポッチステーション」が終了し、民放地上波での露出が減少した
  • 2017年のステマ騒動(メンチカツ店問題)がテレビ出演に影響した可能性がある
  • 活動の場をNHKやBS局、YouTube、ライブ活動にシフトしている

実は、2025年12月にNHK「はやウタ」で歌声を披露したり、8月には「ラジオ深夜便」にゲスト出演したりと、現役バリバリで活躍中なんです!

この記事では、グッチさんの最新活動状況から若い頃の輝かしい経歴、知られざるプロフィールまで徹底調査しました。

懐かしい思い出と共に、彼の「今」をお届けします♪

グッチ裕三を最近見ない理由は?病気説の真相を徹底調査!

最近、民放のバラエティ番組でグッチ裕三さんを見かけることが本当に少なくなりましたよね。

昔はあんなに頻繁に出ていたのに、って思う方も多いはずです。

実は、グッチさんが「最近見ない」と言われるようになった背景には、いくつかの明確な理由があったんです。

地上波民放での露出が大幅に減った時期

グッチ裕三さんが地上波の民放番組から徐々に姿を消し始めたのは、2000年代前半から後半にかけてなんですよね。

大きな転機になったのが、まず2002年9月にTHE夜もヒッパレが終了したこと

この番組は1995年4月から約7年半続いた音楽番組で、グッチさんは前身番組も含めて長年レギュラーを務めていました。

毎週土曜の夜、楽しみにしていた方も多かったのではないでしょうか。

そして2003年3月には、NHK教育(現Eテレ)の看板番組「ハッチポッチステーション」もレギュラー放送を終了。

1996年から7年間続いたこの番組は、グッチさんの代表作といっても過言ではありませんでした。

この2つの長寿番組が相次いで終了したことで、グッチさんのテレビ露出が大きく変化したんです。

当時、私もリアルタイムで見ていたので「あれ、グッチさん見なくなったな」と感じたのを覚えています。

2017年のステマ騒動が影響した可能性

実は、グッチ裕三さんの露出減少には、もう一つ見逃せない出来事があります。

それが**2017年に報道された「メンチカツ店ステマ騒動」**です。

当時、グッチさんがバラエティ番組で絶賛していた浅草のメンチカツ店「浅草メンチ」が、実は彼自身がオーナーを務める店だったことが週刊誌で明らかになったんですよね。

自分の店であることを隠して紹介していたため、ステルスマーケティング(ステマ)だとして批判を受けました。

グッチさんは2017年7月24日の取材で「認識不足でした」「名前を出さずに味で勝負したかった」と謝罪されています。

さらにその後、カフェや焼き鳥店でも同様の「知らないふり紹介」が指摘されて、テレビ業界での信頼に影響を与えたという見方もあるんです。

ただし、これはあくまで露出減少の要因の一つであって、グッチさんが完全に活動を停止したわけではありません。

むしろこの後もNHKを中心に着実に活動を続けているんですよ。

病気説は完全なデマ!健康状態に問題なし

ここが一番気になるポイントですよね。

結論から言うと、グッチ裕三さんが重い病気で活動を休止しているという事実は一切ありません

インターネットで「グッチ裕三 病気」という検索ワードが多く見られるのは、「最近見ないから心配」という視聴者の気持ちから生まれた憶測に過ぎないんです。

実際に病気を報じた信頼できるニュースは見当たりませんでした。

むしろ、2026年現在もNHKのテレビやラジオ番組に定期的に出演されています。

2025年12月にはNHK総合「はやウタ」で美しい歌声を披露していましたし、同年8月にはNHKラジオ第1「ラジオ深夜便」にもゲスト出演していました。

グッチさんは1952年2月27日生まれで、2025年に73歳を迎えられています。

年齢を考えれば、若い頃のようなハードスケジュールではなく、自分のペースで活動されているということなんですよね。

健康に配慮しながら、好きな音楽と料理の世界で活躍を続けている。

それが今のグッチ裕三さんの姿なんです♪

グッチ裕三の現在の活動状況

「じゃあ、今のグッチさんは具体的に何をしているの?」って疑問に思いますよね。

実は調べてみると、民放地上波での露出こそ減っているものの、かなり多彩な活動をされていることが分かったんです!

NHKを中心に安定した番組出演を継続中

グッチ裕三さんの現在の活動の柱は、何といってもNHKなんです。

放送日番組名放送局内容
2025年12月15日はやウタNHK総合The Plattersの名曲「Only You」を歌唱
2025年8月16日ラジオ深夜便NHKラジオ第1「いい味、オイシイ話」コーナーにゲスト出演
2025年7月4日まんまるNHKラジオ第1「これであなたもエンターテイナー」をテーマにインタビュー
不定期きょうの料理NHK Eテレ料理講師として出演継続中
不定期あさイチNHK総合ゲスト出演

こうして表にしてみると、2025年だけでもかなりの頻度でNHKに出演されているんですよね。

特に音楽番組と料理番組での需要が高く、長年培ってきた実力が今も評価されていることが分かります。

民放では見かけなくなったけれど、NHKでは変わらず重宝されている。

これって、グッチさんの実力と人柄を物語っていると思いませんか?

YouTubeチャンネルで新しい試みに挑戦

実は、グッチ裕三さんは70代に入ってからYouTubeにも進出しているんです!

これには私も驚きました。

**「グッチ裕三のバイアスかかってます」**という公式チャンネルを運営されていて、文化放送で19年間共にした仲間を招いてのトークや、「グッチ裕三withグッチーズ」による音楽パフォーマンスを配信しています。

チャンネルでは、こんな動画が公開されているんですよ。

  • 「犬のおまわりさん~ボヘミアン・ラプソディー」のユニークなメドレー
  • 「一週間の歌~スモーク・オン・ザ・ウォーター」などの楽曲パフォーマンス
  • ハッチポッチステーションの裏話や誕生秘話
  • 19年来の仲間を自宅スタジオに招いての対談

70代でYouTubeに挑戦する姿勢、本当にかっこいいと思います。

時代に合わせて活動の場を広げていく柔軟さが、長く活躍できる秘訣なのかもしれませんね。

さらに、Instagramの公式アカウント(@gutch_yuzoh_official)も運営していて、2025年12月時点でも定期的に投稿を続けています。

料理の写真やライブ情報、日常の様子などを発信していて、ファンとの交流も大切にされているんです。

ライブ活動とBS番組での活躍

グッチ裕三さんは「グッチ裕三withグッチーズ」というバンドでのライブ活動も精力的に続けています。

このバンドは1992年に結成され、なんと30年以上の歴史を持つ実力派グループなんです。

2025年4月5日には「第二十二回・長良グループ夜桜演歌まつり」に出演するなど、定期的にステージに立っています。

また、BS局の番組にも積極的に出演されていて、こんな番組が確認できました。

【BS番組での活動】

  • 「太鼓判!グッチ裕三の名店取材中」(BS12トゥエルビ)
  • 「人生、歌がある」(BS朝日)- 2025年12月6日放送では「我ら演歌第7世代 昭和祭り スペシャルコンサート」にゲスト出演
  • 「グッチ裕三の旨いっすニッポン」などのグルメ番組

地上波民放からBSやNHKに活動の中心を移したことで、実はより自分らしい活動に集中できているのかもしれません。

視聴率競争の激しい地上波民放とは違い、NHKやBS局では質の高いコンテンツをじっくり作れますからね♪

グッチ裕三の若い頃の画像と華やかな活躍を振り返る

今の姿も素敵ですが、やっぱり若い頃のグッチ裕三さんの活躍も気になりますよね!

実は、彼のキャリアには華やかな全盛期がいくつもあったんです。

私も当時の映像を見返すと、そのマルチな才能に改めて驚かされます。

ビジーフォー時代の輝き【1978年~】

グッチ裕三さんの名前を一躍有名にしたのが、**1978年に結成したコミックバンド「ビジーフォー」**です。

メンバーは、グッチ裕三さん(ボーカル)、モト冬樹さん、ウガンダ・トラさん、宮本典子さんという顔ぶれ。

このバンドで、グッチさんは抜群の歌唱力と美しいファルセットボイスを武器に、洋楽のものまねで大ブレイクしたんですよね。

当時の若い頃の映像を見ると、スタイリッシュなスーツやタキシードに身を包み、ステージで情熱的に歌う姿が本当にかっこいいんです。

ものまねというより、もはや本格的なシンガーそのもの。

【ビジーフォー時代のエピソード】

  • 六本木を中心に活動し、1本のギャラが500万円
  • 毎月20本ステージをこなし、総計2000本の公演を実施
  • バブル期の華やかな時代を象徴する存在だった
  • サイモン&ガーファンクルやプラターズなど洋楽ものまねで人気を博した

グッチさん自身が「濡れ手に粟のように稼げた」と語っているように、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだったんです。当時の輝きは、今見ても色褪せていません。

ちなみに、芸名の「グッチ裕三」と「モト冬樹」を合わせると、イタリアの有名なオートバイメーカー「モト・グッツィ」になるんです。

これ、エド山口さんが明かしたエピソードなんですが、グッチさんが実際にモトグッチのオーナーで、河口湖の住まいからそのバイクで通っていたことから命名されたそうですよ。

遊び心がありますよね!

ものまね全盛期とフジテレビでの活躍

1980年代から1990年代にかけて、グッチ裕三さんは「ものまね王座決定戦」で圧倒的な存在感を示しました。

【ものまね王座決定戦での実績】

  • 出演期間:1983年~2000年
  • ビジーフォーとして最多5回優勝を達成
  • 清水アキラさんと並ぶ歴代最多タイ記録
  • 「ものまね四天王」の一角として活躍

当時としては珍しい洋楽のものまね(サイモン&ガーファンクル、プラターズ、エルヴィス・プレスリーなど)で、一世を風靡したんです。

特に印象的だったのが、エルヴィス・プレスリーのものまねをする際に、マイクを額にぶつけるという芸

この芸は当時、子どもたちや多くの芸人に模倣されるほど人気だったそうです。

私も子供の頃、真似してみたことがあります(笑)

若い頃の画像を見ると、タキシードやスーツをビシッと着こなし、マイクを握る姿は本物のシンガーそのもの。

美しいファルセットボイスと、「似ているか似ていないか」を超えた純粋な歌唱力の高さが魅力でした。

ハッチポッチステーション時代【1996年~2003年】

グッチ裕三さんの代表作といえば、やっぱり「ハッチポッチステーション」ですよね!

【ハッチポッチステーションの輝かしい記録】

  • 放送期間:1996年4月~2003年3月(レギュラー版)
  • 子供番組として日本のテレビ放送史で最高視聴率を獲得
  • NHK海外向け放送を通じて世界50カ国で放送
  • 2003年 第11回スポニチ文化芸術大賞優秀賞受賞
  • 番組CDはロングセラーに

この番組で、グッチさんは人形のジャーニーやミス・ダイヤらと共演。

子どもから大人まで楽しめる音楽バラエティとして、世代を超えて愛される国民的番組になったんです。

当時の映像を見ると、カラフルな衣装を着てパペットたちと楽しそうに共演する姿が印象的。

ユーモアあふれる表情と、本格的な歌唱力のギャップがたまらない魅力でした。

2019年には「おげんさんといっしょ」でハッチポッチ×クインテットの夢のコラボが実現。18年ぶりの共演に、多くのファンが歓喜したのを覚えています。

私もその一人で、懐かしさで胸がいっぱいになりました♪

グッチ裕三のプロフィールと知られざるエピソード

ここまで現在の活動や若い頃の姿を見てきましたが、改めてグッチ裕三さんのプロフィールを詳しく確認していきましょう。

実は、名門校出身で音楽一筋の人生を歩んできた彼には、知られざるエピソードがたくさんあるんです。

基本プロフィールと生い立ち

まずは、グッチ裕三さんの基本情報から見ていきましょう。

【グッチ裕三 基本プロフィール】

項目内容
芸名グッチ裕三(ぐっち ゆうぞう)
本名高田裕(たかた ゆたか)
旧芸名高田裕三(たかた ゆうぞう)
生年月日1952年2月27日
年齢73歳(執筆時)
出身地東京都板橋区
血液型A型
学歴暁星小学校・中学校・高等学校卒業
所属事務所長良マネジメント(長良グループ)
趣味洋楽、鮨屋(多いときは250日以上/年)
特技作詞作曲、水泳、食べ歩き(40年以上、6000軒以上)

実は、グッチさんは名門私立の暁星学園に小学校から通っていたんです。小学校の頃からフランス語の授業があるような学校で、父親はエリート商社マンという恵まれた環境で育ちました。

面白いのが、同級生にモト冬樹さんがいたこと。小学校1年生から高校3年卒業まで12年間、ずっと同級生だったんですよね。

さらに、モトさんの兄であるエド山口さんも暁星の先輩で、共にバンド活動をしていたという深い縁があるんです。

ちなみに、歌手の田中星児さんは従兄(いとこ)にあたります。

音楽一家だったんですね!

音楽キャリアの軌跡

グッチ裕三さんの音楽活動は、暁星高校卒業後すぐに始まりました。

【主な経歴の流れ】

■高校卒業後(1970年頃~)
米軍キャンプやクラブで音楽活動を開始。当時は主にソウル・ミュージックを歌っていたそうです。

■1978年
モト冬樹、ウガンダ・トラらとコミックバンド「ビジーフォー」を結成。ボーカルを担当し、美しいファルセットが大きな特徴に。

■1980年代
テレビ番組への出演が増加。洋楽ものまねで注目を集める。

■1983年~2000年
「ものまね王座決定戦」に出演。ビジーフォーとして最多5回優勝を達成。

■1992年
「グッチ裕三とグッチーズ」を結成し、ソロ活動を本格的に開始。

■1995年~2002年
日本テレビ「THE夜もヒッパレ」にレギュラー出演(前身番組を含めると長年出演)。

■1996年~2003年
NHK教育「ハッチポッチステーション」にレギュラー出演。

この経歴を見ると、常に第一線で活躍し続けてきたことが分かりますよね。

しかも音楽だけでなく、料理の世界にも進出するという多才ぶり。本当にマルチなエンターテイナーです。

料理愛好家としての顔と意外なエピソード

実は、グッチ裕三さんは単なるタレントではなく、本格的な料理愛好家としても知られています。

料理を始めたのは意外にも小学校中学年から高学年の頃。

両親が共働きで、祖母に育てられたものの、祖母は肉料理などを作れなかったため「自分でやりなさい」ということで始めたそうです。

まさに必要に迫られてのスタートだったんですね。

驚くべきは、彼の**「絶対味覚」**。

グッチさん自身が語るところによると、幼稚園の時に食べたラーメンの味なども明確に記憶しているというから驚きです!

絶対音感ならぬ絶対味覚、これが料理の才能を支えているんですね。

【料理関連の実績】

  • 1998年10月:テレビ東京「素敵にワイド!ほっと10」内「グッチ裕三のこれは旨い」で料理界に本格デビュー
  • 2002年~:NHK「きょうの料理」にレギュラー出演
  • 2010年:日本テレビ「THE料理王」で初代料理王に輝く
  • 2010年:「THE料理王2」でも優勝し、2連覇を達成
  • 趣味:鮨屋に年間250日以上通う、食べ歩き40年以上・6000軒以上
  • 居酒屋「旨いぞお」などの飲食店をプロデュース

ただし、2017年のステマ騒動では、自身が経営する店を番組で紹介していたことが問題視されました。

「認識不足でした」と謝罪し、この出来事は彼のテレビ露出に影響を与えたと見られています。

現在は、妻のアドバイスを受けて体に良い食事を心がけているそうで、年齢と健康に配慮しながら食を楽しんでいるそうですよ。

交友関係と意外な裏話

グッチ裕三さんの交友関係も興味深いんです。

石橋貴明さんとの深い絆

石橋貴明さん(とんねるず)とは、石橋さんが駆け出しの頃からの親友。

グッチさんが最初の結婚をして間もない頃、まだ売れていなかった石橋さんが足しげくグッチ宅に上がりこんでは飲食するのを繰り返していたそうです。

あまりに頻繁に訪れるため、妻が「グッチと石橋は絶対ホモだ!」と仲人に泣きついてしまい、グッチさんは仲人に厳重注意を受け、これが原因でスピード離婚に至ったという仰天エピソードがあるんです(笑)

でも、その後も二人の友情は変わらず、石橋さんの2度目の妻・鈴木保奈美さんを交えて今も付き合いが続いているそうです。

本当の友情ってこういうものですよね♪

三宅裕司さん・赤坂泰彦さんとの仲

「THE夜もヒッパレ」で共演した三宅裕司さんと赤坂泰彦さんとも仲が良く、グッチさんは三宅さんを「M宅Y司(えむやけわいじ)さん」、赤坂さんを「Aかさか(えーかさか)くん」と紹介することが多いそうです。遊び心がありますよね。

また、小林幸子さんともプライベートで親交が深いとのこと。

芸能界に本当の友人が多いのは、グッチさんの人柄の良さを物語っていると思います。

まとめ

「最近見ない」と心配されていた方も、実は今も精力的に活動していることが分かって安心されたのではないでしょうか。

【この記事の重要ポイント】

◆最近見ない理由の真相

  • 民放地上波での露出は減ったが、NHKやBS局では定期的に出演中
  • 2017年のステマ騒動が影響した可能性はあるが、引退はしていない
  • 病気説は完全なデマ!2025年も健康に活動している

◆現在の活動状況(2025年最新)

  • NHK「はやウタ」「きょうの料理」「ラジオ深夜便」に出演
  • YouTubeチャンネル「グッチ裕三のバイアスかかってます」を運営
  • 「グッチ裕三withグッチーズ」でライブ活動継続中
  • InstagramなどSNSでも積極的に情報発信

◆輝かしい経歴

  • ビジーフォーで洋楽ものまねの第一人者に(ものまね王座決定戦5回優勝)
  • ハッチポッチステーションで世界50カ国に放送される国民的番組に出演
  • THE料理王で2連覇達成の実力派料理愛好家

結局のところ、グッチ裕三さんは活動の場を変えて、自分らしいペースで芸能活動を続けているんですよね。

73歳という年齢を考えれば、むしろ健康に配慮しながらも意欲的に活動している姿は本当に素晴らしいと思います。

これからも、グッチさんの美しい歌声と食への情熱で、私たちを楽しませてください♪

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